高根沢町図書館 高根沢町史ほか

高根沢町史 通史編Ⅱ

目次一覧

章・節


〔まえがき〕

口絵

発刊のことば

凡例

目次

通史編Ⅱ 近現代 目次

図版目次

第一章 明治初期の政治と社会

第一節 維新期の高根沢

一 慶応四年前後

幕末期の社会不安

東征軍と民衆

宇都宮攻防と高根沢

東征軍と世直し

白河攻防と軍夫

農村の困窮

二 県の成立と村々

日光県の支配

廃藩置県

宇都宮県の支配

三 大区、小区制と村々

宇都宮県の大区、小区

栃木県の大区、小区

小区会議の設立

宇都宮支庁建築費

農民と戸長役場

第二節 小学校の設立と運営

一 学制の公布

寺子屋と私塾

学制公布以前

学制

二 小学校の設立と校舎

小学校の設立

寺子屋の廃止

校舎の確保

三 教員の養成と経費

学制の教員養成

赤羽宥松の教員辞職

学費の徴収

きびしい学費の取り立て

学校寄付金

四 就学率

就学率と不就学の理由

毎日の生徒出席平均数

五 学校の休日

一・六日休業

日曜日休業

学校の休業日

六 私立宇津学校

宇津学校の設立

宇津学校の廃校

第三節 地租改正と村々の生活の変化

一 壬申地券の交付

国家財政の創設

壬申地券の交付

壬申地券経費の負担

入会地の扱い

社寺境外地の上地

二 村々の地租改正事業

地租改正への移行

村々の改租事業

地位等級調査

県の等級をきめる

三 地租改正事業の変質

地租改正事務局と鑑定委員の対立

関東一府六県長官会議

収穫量の村への配分

地価の算定

四 入会地を奪う林野の地租改正

林野の官民有区分

奪われた入会地

林野の地租改正

五 地租改正の結果

地租改正の結果

重い経費負担

六 村々の生活の変化

勧農政策と老農

物産調べで見る村々

増える村の商人

第四節 天皇巡幸と三新法

一 天皇の奥州巡幸

天皇巡幸

巡幸と農民

巡幸と陸軍演習

巡幸の休憩所

二 三新法体制と村々

郡区町村編成法

民選戸長

町村会の規則

村会の審議

村民の生活

連合戸長制の開始

連合戸長役場と村々

第五節 自由民権と地方政治

一 国会開設運動

政治運動の活発化

国会開設建言書

政局と県会議員

二 地方政治と民衆

大同団結運動

条約改正建白書

学術研究会

第一回衆議院議員選挙

第二回総選挙

第三回総選挙と改進党

第六節 町村制と郡替問題

一 町村制の実施

町村制の公布

町村合併計画

二 村替、郡替問題

文挾・伏久村と喜連川

上・下高根沢合併及び村名改称問題

上高根沢村の郡替え問題

三 村政と村会

新村の誕生とその後

北高根沢村村議会

四 明治中期の村々

大字の約束事

第二章 宝積寺駅の開業と地主制の成立

第一節 陸羽街道の整備と東北線の開通

一 陸羽街道と道路整備

道路網の整備

陸羽街道の開削と三島県令

陸羽街道の工事

主要道路の整備

二 陸運会社と明治期の上阿久津河岸

陸運会社の設立

明治期の水運と河岸の推移

三 郵便制度の発足と郵便局

郵便制度の始まり

郵便取扱所の開設

平田郵便局から宝積寺郵便局へ

電信・電話始まる

四 東北線の敷設と路線変更

日本の鉄道の始まり

東北線の計画と日本鉄道会社

塩谷郡内の停車場

宇都宮―矢板間の路線変更

第二節 宝積寺駅の開業と銀行・会社の設立

一 宝積寺駅の開業と宝積寺殖民株式会社

宝積寺駅の開業

宝積寺殖民株式会社の開発

宝積寺駅周辺の発展

二 幻の宝積寺人車鉄道の計画

栃木県内の人車鉄道の状況

宝積寺人車鉄道の計画

宝積寺人車鉄道の工事と特許失効

三 宝積寺銀行とその他の銀行

私立銀行の設立と県内の動き

宝積寺銀行の設立と合併

宝積寺興業銀行の開業と合併

四 肥料商を主体とした会社の設立

米産地と肥料商

宝積寺米券倉庫株式会社の設立

運送業とその他の会社

五 近代における宇津救命丸

宇津救命丸の製造と販売

宇津救命丸の商圏

巡回販売の行程

宇塚家による救命丸

第三節 日清・日露戦争と民衆

一 徴兵と兵士

徴兵令

後備軍の存在

西南戦争と斎藤幸次郎

徴兵と免除

兵役免除と徴兵忌避

二 日清の戦い

日清戦争の勃発

手紙にみる日清戦争

西南戦争戦死者建碑式

日清戦争と村政

三 日露の戦い

日露戦争と村民

戦争と農民

戦争と軍事郵便

四 戦争と農村

軍馬の徴発

徴兵慰労義会

在郷軍人団

第四節 明治後期の社会

一 明治三五年の暴風雨

足尾台風の被害

暴風雨と北高根沢村

二 陸軍大演習

明治四〇年の陸軍大演習準備

陸軍大演習

明治四二年の大演習

三 地方社会の再編成

戊申詔書

地方改良運動

第五節 地主制の成立と村々の新しい動き

一 松方デフレと農村構造の変化

安い米と重い税

土地を手放す農民

農村構造の変化

二 大地主の成立

大地主の村高根沢

鈴木家の土地集中

実業家への転身

加藤家の土地集中

株式投資と銀行経営

見目家の所得構成

三 村々の新しい動き

農事改良の先駆け

向戸共同農事奨励組合

最初の耕地整理

初めての地主組合

四 小作証書と小作人の暮らし

永小作の権利

小作契約の移り変わり

小作人の暮らし

五 進む官有地利用

官有地利用への取り組み

植林から開墾へ

官有地利用の広がりと開墾

第六節 農会の成立と農業生産の展開

一 農事講習と農会の成立

農談会と農事講習

林遠里の巡回

農会の成立

二 新しい農業技術―明治農法

郡農会の農事奨励

塩水選と害虫駆除

短冊苗代の強制

明治三八年の農事指導

三 米と煙草と養蚕

村々の農産物

北高根沢村の農作物収支計算

米作りの工夫

たばこの専売制

たばこ耕作の指導

農事記録に見るたばこ

養蚕の始まり

北高根沢村の養蚕

四 用水の整備と水車

用水の概要

市の堀用水

市の堀用水組合の設立

普通水利組合の設立と芳賀郡への延長

草川用水と新堀

釜ケ渕用水と鷺ノ谷用水

開田と用水

水車の働き

第七節 学校教育の整備

一 教育令の公布と学校の整備

学制のいきづまり

教育令の公布

籖による学資金積み立て

二 教育令の改正と高等小学校の設置

教育令の実態

教育令の改正

教育令の再改正

三 小学校令の制定と学校行事の普及

小学校令の公布

高等小学校の設置

学校行事の普及

小学校令の改正

教育勅語の成立

小学校新築問題の紛糾

四 明治後期の学校

小学校令の再改正

児童の出席率

教員の給料

第八節 村の生活の諸相

一 神社と寺院の移り変わり

下野神社沿革誌にみる町内の神社

神社の祭礼と行事

町内の寺院

二 演劇興行と正月風景

演劇興行の楽しみ

駅と正月の風景

三 消防と衛生

明治期の消防組織

伝染病と衛生組合

電灯がつく

第三章 大正期の村政と産業の発達

第一節 大正期の町村行政

一 町村是運動

町村是の制定

第三期村是

二 第一次大戦後の村

米騒動と町域

シベリア出兵

関東大震災

震災地救助

大正期末の村

三 昭和の幕あけ

大正より昭和へ

御即位の大礼

第二節 穀物検査と地主会

一 穀物検査のねらい

生産検査と移出検査

麦類の検査

米麦の移出検査

二 農会の新たな技術指導

新しい課題

米麦作の改善

三 変わる地主・小作関係

地主会の発足

小作保護

塩谷郡地主会の小作契約書

農家で働く人々

四 耕地整理事業の展開

耕地整理法の成立

上沢ほか二字の耕地整理

大正期の耕地整理

昭和初期の耕地整理

五 産業組合運動の広がり

産業組合の結成

大正期の産業組合

農業倉庫と塩谷南部購販利用組合

第三節 宝積寺駅と烏山線の開通

一 宝積寺駅の推移と自動車輸送

国有鉄道以降の宝積寺駅

宝積寺駅と自動車輸送

二 水戸線からの鉄道敷設

常野鉄道の創設

常野鉄道の計画と挫折

東野鉄道の計画

真岡線と烏山

三 宝積寺駅からの鉄道計画

烏山人車鉄道の計画

烏山鉄道の計画

四 烏山線の敷設と開通

烏山への鉄道敷設の動き

烏宝線か真岡線の延長か

烏宝線の設置と敷設工事へ

烏宝線の開通

第四節 大正期の教育

一 小学校にみる教育

学校日誌にみる大正期

父兄懇談会

大谷奨学会

小学校の授業と行事

小学校の内規

二 青年団と実業補習学校

初期の青年団

農業補習学校

裁縫女学校

青年訓練所

第四章 昭和恐慌と戦争の時代

第一節 昭和恐慌下の村々

一 恐慌の中の村財政

深まる農業恐慌

村財政の窮乏―北高根沢村

六年度予算の減額

阿久津村の場合

下野中央銀行の休業

銀行の休業と北高根沢村

二 時局匡救事業の展開

農村救済運動

救農議会と時局匡救事業

村々の匡救事業

三 自作農創設維持事業

小作問題をめぐって

争議対策の自作農創設事業

第二節 阿久津村事件

一 大衆党と県下の労農運動

労農運動の芽生え

麻生久の立候補

麻生と森

昭和五年の総選挙

二 阿久津村小作争議

大衆党と生産党

全会派の進出する熟田村

小作争議の発生

小作争議から対決へ

石末の生産党

動員の指令

戦いのあとで

三 阿久津村事件の結末

小作調停の決裂

菅又県議の調停

大衆党の衰退

阿久津村事件後日談

四 熟田村の飯米闘争

飯米闘争おきる

熟田村の飯米闘争

弾圧と収拾

農民運動の衰退

第三節 産業組合と経済更生運動

一 産青連と産業組合の発展

産青連の結成

産組運動の革新

北高根沢村の産青連

塩谷南部購販利組合の改組

二 高根沢地域の経済更生運動

自力経済更生運動のねらい

阿久津村の更生計画

熟田村の更生計画

昭和一三年の更生計画

北高根沢村の更生計画

第四節 戦時下の村政と村民生活

一 軍国化する村

昭和初めの村

防空演習

防諜訓練

国防同盟会

日中戦争前後の青年

臨戦体制下の村

軍用鉄道・清原線の敷設

紀元は二六〇〇年

二 戦争を支える人々

銃後奉公会

愛国婦人会と大日本国防婦人会

貯金・納税運動

常会と戦時生活

村の巡視

農繁期託児所

共同炊事

三 太平洋戦争と村

一二月八日

緒戦の勝利

一変した応召

四 暗黒の生活

金属回収

物資の供出

生活必需品の統制

松根油掘り

赤紙召集令状

五 悲劇の終息

空襲の本格化

高根沢の空襲

戦争末期の高根沢

八月一五日

第五節 戦時統制経済と農業の協同化

一 戦時経済と農業統制

米の統制

「農地調整法」のねらい

農事実行組合と戦時統制

二 農業の協同化と学徒動員

農村協同体建設運動

共同作業の方法

学徒動員

供出と農業会

銃後の崩壊

第六節 戦争と教育

一 不況下の教育

農村不況と教育

天皇と奉安殿

二 青年団と青年学校

青年会と二宮金次郎像

阿久津村青年学校

上高根沢女子青年学校

三 戦時下の子供たち

戦時体制下の教育

学童疎開

戦争末期の学校

第五章 戦後改革と民主化

第一節 敗戦と戦後の暮らし

一 敗戦と生活難

敗戦と村民の動き

進駐軍と村民

食糧の供出

供出対策

二 村政の苦悩

供出に悩む村

農民の声

供米促進運動

強権発動

第二節 教育の再生と学制改革

一 学制改革

敗戦直後の学校

教育委員の公選

最初の統一校・北小学校

東・中央小学校の成立

新制中学校の誕生

高根沢商業高校の設立

二 社会教育の復活

新生青年団の成立

初期の公民館活動

部落公民館活動

長期振興計画と社会教育

第三節 農地改革と農協の成立

一 第一次農地改革から第二次農地改革へ

日農県支部の創立

第一次農地改革

第二次農地改革へ

農地委員会の組織

農地改革の実施

改革後の村々

新しい農業を求めて

二 農協の成立と活動

農業会から農協へ

農業協同組合の設立

農協の事業

第四節 高根沢町の誕生

一 栃木県の町村合併

栃木県の合併試案

二 北高根沢村と熟田村の合併

北高根沢村の合併構想

北高根沢村と熟田村の合併経過

合併の内容

新北高根沢村の発足と建設計画

伏久の町村境界の変更

三 北高根沢村と阿久津町の合併

阿久津村の町制施行

難航する合併協議

阿久津町長の合併に対する考え方

高根沢町の発足

第五節 新農村建設と農協

一 食糧増産政策の展開

経済復興と食糧増産

食糧増産の三つの柱

二 高根沢町の新農村建設事業

農村振興基本計画

米と酪農

蔬菜と梨とブドウ

生活改善運動

新農村建設と農協

第六章 発展する高根沢町

第一節 変わる農業政策の中で

一 基本法農政と町の農業

変わる日本農業

増える兼業農家

米作りに励む人々

二 新たな農業を求めて

米あまり時代

整備計画の見直し

新しい農業を求めて

第二節 御料牧場と工場誘致

一 御料牧場の移転と開場

下総御料牧場の歴史と概要

御料牧場の移転経過

御料牧場のしごと

二 工場誘致と工業団地

工場誘致条例と振興計画

キリンビールの誘致

高根沢・芳賀工業団地と本田技研

砂部地区工業団地の造成

第三節 青い空と緑の大地の田園都市を目指して

一 豊かな社会をめざして

高根沢町の発展

庁舎の建設

道路・交通の発展

青い空と緑の大地を求めて

〔青い空と緑の大地を求めて〕

高根沢町史関係者名簿

執筆分担一覧

史料提供・協力者一覧

あとがき

奥付