函館市 函館市地域史料アーカイブ

椴法華村史

目次


まえがき

口絵

村史発刊に寄せて

例言

目次

第一編 自然と環境

第一章 地誌

第一節 自然

一 椴法華村の位置

位置と面積

土地利用

二 気象

気象の特色

第二節 生物

一 植物

恵山の高山植物

二 椴法華沖の生物

椴法華沖の魚類

餌料生物

第二章 地名

第一節 椴法華村の地名

一 村名の起源

アイヌ語起源説

日持由来説

アイヌ語か日持か

その他の由来

二 村内の地名

赤禿(あかはげ)

恵山

海馬(とど)岩

カシカソリ

水無

ヒカタトマリ

影の浜

宮の下

三軒屋

中ハマ

日カゲ

番屋川

島泊

八幡川

海向山

矢尻浜

アイドマリ

銚子

カムイ岩

ウノトマリ

屛風岩

その他の地名

明治の大字名

三 字地名地番改正による地名

〔字地名地番改正による地名〕

第二編 先史時代

第一章 椴法華村の先史

第一節 記録のない時代

椴法華の先人

遺跡と遺物

北海道の時代区分

第二節 北海道の地形の形成と人類

現在の地形

北海道の生い立ちと人類

第二章 椴法華村の遺跡と遺物

第一節 椴法華村の遺跡分布

〔椴法華村の遺跡分布〕

第二節 椴法華村の尖底土器

椴法華村最初の土器

椴法華出土の尖底土器

椴法華式土器の文化

第三節 縄文前期の遺跡

銚子遺跡の発見

円筒式土器文化

第四節 大龍寺遺跡

〔大龍寺遺跡〕

第五節 椴法華遺跡

〔椴法華遺跡〕

第六節 浜町砂丘遺跡

〔浜町砂丘遺跡〕

第七節 山間地帯の遺跡

〔山間地帯の遺跡〕

絵紙山遺跡

絵紙山2遺跡

絵紙山3遺跡

赤井川遺跡

オンコの木沢遺跡

第三編 椴法華発達史(明治元年から昭和30年まで)

第一章 明治時代

第一節 文明開化の椴法華村

一 明治維新と椴法華

明治元年

明治二年

明治三年

二 新制度の実施

明治四年

明治五年

明治六年

明治七年

明治八年

三 村の独立・郡村組替要求

明治九年

明治十年

明治十一年

明治十二年

明治十三年

明治十四年

第二節 函館県設置頃の椴法華村

一 漁業の有様・漁業組合成立

明治十五年

明治十六年

明治十七年

明治十八年

第三節 北海道庁設置頃の椴法華

一 伝染病の流行・水産税則

明治十九年

明治二十年

明治二十一年

明治二十二年

明治二十三年

明治二十四年

明治二十五年

明治二十六年

第四節 日清戦争後の椴法華村

一 日清戦争とその影響

明治二十七年

明治二十八年

明治二十九年

二 物価上昇と不景気

明治三十年

明治三十一年

明治三十二年

明治三十三年

三 選挙権の拡大・漁業の有様

明治三十四年

明治三十五年

明治三十六年

第五節 日露戦争後の椴法華村

一 日露戦争とその影響

明治三十七年

明治三十八年

明治三十九年

明治四十年

二 下海岸の厄年と漁業実態

明治四十一年

明治四十二年

明治四十三年

明治四十四年

明治四十五年

第二章 大正時代

第一節 第一次世界大戦前後の椴法華村

一 不景気・不漁

大正元年

大正二年

大正三年

大正四年

二 豊漁・試練の年

大正五年

大正六年

大正七年

第二節 二級村制施行当時の椴法華

一 二級村制実施・経済の混乱

大正八年

大正九年

大正十年

大正十一年

二 道路の充実・大火

大正十二年

大正十三年

大正十四年

第三章 昭和時代(戦前)

第一節 打続く不景気と国民生活

一 昭和二年-七年の内外情勢

多難な内外-情勢

満州事変と五・一五事件

トーキー映画の登場

二 不景気下の椴法華村(昭和二年~七年)

昭和二年

昭和三年

昭和四年

昭和五年

昭和六年

昭和七年

第二節 軍部の台頭と国民生活

一 昭和八年-十五年の内外情勢

二・二六事件と日中戦争

大政翼賛会と産業報国会

二 軍国主義の下の椴法華村

昭和八年

昭和八年頃の夏の日

昭和九年

昭和十年

昭和十一年

昭和十二年

昭和十三年

昭和十四年

昭和十五年

第三節 太平洋戦争下の国民生活

一 国際情勢と日本

太平洋戦争の開始と背景

戦時下の国民生活

空襲の激化と学童疎開

二 太平洋戦争下の椴法華村

昭和十六年

対米英宣戦布告の日

戦時下の小学校教育

戦時下の生活

統制と配給

戦いの激化と社会情勢

戦時中の愛唱歌曲

千人針と隣組

第四章 昭和時代(戦後)

第一節 日本の再出発

一 日本の再建

昭和二十年敗戦からの再出発

昭和二十一年戦後日本の風景

昭和二十二年

昭和二十三年

昭和二十四年・インフレからの再出発

昭和二十五年

昭和二十六年

昭和二十七年

昭和二十八年

昭和二十九年

昭和三十年

二 椴法華村の再建

昭和二十年・敗戦からの再出発

昭和二十一年

昭和二十二年・選挙の年

昭和二十三年

昭和二十四年

昭和二十五年

昭和二十六年・椴法華避難港充実の年

昭和二十七年

昭和二十八年

昭和二十九年・町村合併促進の年

昭和三十年

第四編 行政

第一章 鎌倉、室町時代

第一節 安東氏と蠣畸氏

一 和人の渡来

流刑の地

日持の布教伝説

本州との交易

和人の館

銭亀沢の古銭と永享の鰐口

戸井館

二 アイヌ人の不満

下海岸アイヌの蜂起

康正二年、長禄元年の乱

第二章 江戸時代の行政

第一節 前松前藩時代

一 松前氏の成立

安東氏より独立

二 亀田番所の発達

亀田番所の設置

亀田番所の移設

亀田奉行の定

三 和人勢力の進出

松前藩の対蝦夷政策

アイヌ人勢力の実態

津軽一統志とアイヌ人

四 知行主と場所請負人

場所

場所請負人

運上屋と番屋

第二節 前幕領時代

一 村々の発達

場所請負人の廃止

村並となった六箇場所

会所・通行屋の設置

六箇場所の支配人・番人

第三節 後松前藩時代

一 松前藩の復領

箱館奉行所と村々の行政

頭取・小頭の仕事

椴法華村・近村村役人

第四節 後幕領時代

一 箱館の開港

幕府の再支配

南部藩の経営

椴法華の行政

村並から村へ

村役人の仕事

第三章 明治、大正時代の行政

第一節 箱館裁判所から開拓使まで

一 箱館裁判所と箱館府

大政奉還と箱館裁判所

箱館府

民心の安定

二 榎本軍の行政

亀田御役所の行政

三 箱館府の再支配

戦後の処理

四 開拓使の設置

北海道の誕生

開拓使本庁の移動

出張所の設置

五 椴法華の行政(明治元年より六年まで)

椴法華の村役人

六 大小区画制の施行

大小区画制の実施

副戸長と村用掛

六大区一小区の村役人

椴法華の村役人

七 椴法華一村独立の動き

砂原出張所から戸井出張所へ

椴法華独立の動き(一)

椴法華独立の動き(二)

八 大小区画制の改正と亀田郡編入運動

大小区画制の改正

亀田郡編入運動(一)

亀田郡編入運動(二)

村役人の変革

戸長・副戸長・村用掛

村用掛の選出

総代人制度の変革

九 浦役場の制度

浦役人と浦役場

下海岸地域の浦役場

十 郡区町村制と戸長役場

郡役所の設置

戸長役場の開設

椴法華戸長役場

戸長の職務内容

第二節 三県と北海道庁

一 三県の設置

開拓使の廃止と三県の設置

函館県の設置

三県の廃止

二 北海道庁の設置

北海道庁の新設

道庁開設当初の施政

行政機構の変革

三 二級町村制の施行

二級町村制

村会の設置

村会議員の選挙資格

村議会の議決事項

村長の行政内容

四 椴法華村の二級町村制

まぼろしの恵山村

二級町村椴法華村の誕生

椴法華村会議員選挙

第四章 昭和時代の行政

第一節 戦前の行政

一 満州事変以後の道政

満州事変後の行政

日華事変後の行政

大政翼賛運動と選挙

昭和十八年地方制度の改革

決戦体制下の町村行政

二 満州事変以後の村行政

財政の立て直し

昭和十五年の村行政

椴法華村の翼賛会

昭和十八年の村行政

椴法華村終戦の日

第二節 新しい行政体制

一 戦後の大改革

GHQの指令

地方自治の民主化

平衡交付金制度と地方財政

地方財政の再建と町村合併

二 椴法華村の再出発

昭和二十一年の村情勢

昭和二十二年の旧村会

昭和二十二年の新行政

昭和二十四・五年の財政

昭和二十七年の施策方針(村長 松坂幹太郎)

町村合併問題の発生

昭和三十二年度村政報告(村長 松坂幹太郎)

昭和三十五年度施政方針(村長 松坂幹太郎)

産業振興計画

昭和三十七年度予算編成(村長 松坂幹太郎)

昭和三十九年村名変更の議決

昭和四十一年度予算方針(村長 松坂幹太郎)

新村長の誕生と行政方針

昭和四十五年村長の施政方針(村長 長政友一)

昭和四十六年の施策

昭和四十八年の施政方針(村長 長政友一)

第三節 躍進の行政

一 難局の克服

昭和五十年鎌田村長の誕生

昭和五十年度施政方針

開基百年の年

昭和五十一年度施政方針(村長 鎌田作郎)

椴法華村民憲章(開基百年記念 昭和五十一年八月三十日制定)

村章の制定

村の木、花の制定(開基百年記念、昭和五十一年八月三十日制定)

二 昭和五十六年三大計画

三大計画の誕生

椴法華村総合計画

人口のフレーム

産業のフレーム

新しい椴法華村の発展方向

三 待望の庁舎・センター完成

〔待望の庁舎・センター完成〕

第五編 産業

第一章 水産業

第一節 昆布漁業

一 前松前藩時代の昆布漁業

(一) 昆布の採集と種類

昆布漁業のはじまり

享保年間の昆布採取

享保二年ころの昆布の種類

昆布の採取方法

(二) 乱獲の防止と徴税

昆布乱獲の防止

昆布収穫税

茅部漁民の強訴

(三) 輸出の増加と昆布の粗製

昆布の清国輸出

元揃昆布の高値と粗製

長崎俵物の買入れ

二 前幕領時代以後の昆布漁業

(一) 昆布漁業の実態

寛政十二年ころの昆布漁業

天保十年ころの昆布漁業

(二) 昆布の価格と輸出

昆布製品と値段

箱館の開港と昆布の暴騰

昆布の清国直輸出

(三) 資源の増殖と税制

昆布の人工繁殖

昆布役

三 明治時代の昆布漁業

(一) 昆布漁業のあらまし

明治二十年代の昆布漁業

明治三十年代の昆布漁場

(二) 椴法華と近村の昆布漁業

明治初期椴法華村の昆布漁

漁業協同組合申合規則

昆布製法の改善

明治二十年の昆布採取

四 大正時代の昆布漁業

(一) 昆布漁の実態

「まこんぶ」「みついしこんぶ」

大正時代の昆布統計

五 昭和時代の昆布漁業

(一) 昭和初期の昆布漁業

椴法華の昆布漁場

椴法華村の昆布採取

昆布礁の造成

(二) 統制時代の昆布漁業

昭和十七年ごろの昆布漁業

昆布の主な生産地

昆布の発生年次による区別

(三) 戦後の昆布漁業

昆布漁場の荒廃

昆布資源の回復

第二節 鱈(たら)漁業

一 江戸時代の鱈漁業

(一)鱈漁業の沿革

干鱈と新鱈

鱈釣船の漂流

鱈請負の制度

鱈の漁法

鱈製品

(二) 椴法華の鱈漁業

椴法華産鱈の献上

椴法華産鱈の内地直送

椴法華村と近村の漁獲高

鱈漁と税

二 明治時代の鱈漁業

(一) 明治前期の鱈漁業

外国船と椴法華の鱈

新鱈積船の破船

英国人の鱈塩引製造

下海岸産の鱈と鮃

明治十九年鱈釣船の遭難

(二) 明治中頃の鱈漁業

北海道水産調査報告にみる鱈漁業

漁船

三 大正時代の鱈漁業

(一) 鱈資源の減少

鱈漁業の変遷

スケトウ鱈漁業

(二) 鱈漁業の実態

漁具

漁船・漁夫

経営

四 昭和時代の鱈漁業

(一) 戦前の鱈漁業

昭和初期の鱈漁業

昭和十一年以後の鱈・スケトウ鱈

スケトウ鱈について

(二) 戦後の鱈漁業

鱈漁業の不振

昭和三十九年以後の鱈漁業

戦後のスケトウ鱈漁業(昭和三十年代の実態)

昭和五十年代のスケトウ鱈漁業

第三節 鰮(いわし)漁業

一 江戸時代の鰮漁業

(一) 鰮漁業の沿革

鰮漁業のはじまり

鰮の漁法

鰮製品

(二) 椴法華と近村における鰮漁業

鰮漁の開始者

鰮漁の実態

二 明治時代の鰮漁業

(一) 明治中期の鰮漁業

椴法華村の鰮漁

明治中頃の鰮漁について(古老の話・故人坂本玉三郎)

(二) 椴法華の鰮漁業経営

明治九年の鰮網経営者

明治二十一年鰮漁業経営

(三) 鰮漁の豊凶

明治十九年の状況

明治二十年以降の鰮漁

三 大正時代の鰮漁業

(一) 椴法華村の鰮漁況

鰮の漁獲状況

四 昭和時代の鰮漁業

(一) 鰮漁業の衰え

昭和初期の鰮漁業

戦後の鰮漁業

第四節 烏賊(いか)漁業

一 江戸時代の烏賊漁業

(一) 烏賊漁業の沿革と漁法

烏賊漁の沿革

烏賊漁法

二 明治時代の烏賊漁業

(一) 烏賊漁業の実態

烏賊漁業の有様

烏賊漁と天候

(二) 烏賊の加工

鯣(するめ)の製造法

塩辛の製法

(三) 烏賊豊凶の様子

烏賊漁の豊凶の様子

三 大正時代の烏賊漁業

(一) 烏賊漁の様子

烏賊釣船

烏賊漁の有様

四 昭和時代の烏賊漁業

(一) 戦前の烏賊漁業

発動機船の登場

漁船燃料として柔魚油登場

烏賊漁の概略

(二) 戦後の烏賊漁業

するめ烏賊の増産

昭和二十七年烏賊釣漁業の制限

昭和三十年頃の烏賊漁業

するめ烏賊の回遊

昭和三十一年の烏賊の大凶漁

烏賊製品

烏賊漁業と教育問題

昭和四十年以後の烏賊漁業

第五節 育てる漁業

育てる漁業への転換

昆布養殖事業の推進

昭和四十五年コケムシの発生

昆布採取の様子

第六節 漁業組合

一 明治時代の漁業組合

漁業組合の開設

明治三十二年の漁業組合

漁業組合令の制定

二 大正時代の漁業組合

漁業組合の改組

信用購買販売利用組合

三 昭和時代の漁業組合

昭和初期の漁業組合

昭和十年以後の漁業組合

四 戦後の漁業組合

戦後漁業制度の改革

戦後の椴法華漁業会

椴法華漁業協同組合の設立

昭和二十八年度の椴法華漁協

漁業協同組合整備促進条例の制定

昭和三十五年頃の漁協

昭和四十二年度の椴法華漁協

戦後椴法華漁協の歩み

第二章 鉱業

第一節 江戸時代の鉱山

一 恵山硫黄鉱山

硫黄鉱山のはじまり

硫黄鉱山の歩み

二 銅と明礬の鉱山

銅の採掘

明礬の採掘

第二節 明治以後の諸鉱山

一 恵山硫黄鉱山

明治以後の歩み

戦後の恵山鉱山

二 赤井川硫黄鉱山

明治・大正時代の赤井川鉱山

戦前の赤井川鉱山

戦後の赤井川鉱山

三 矢尻川上流の硫黄鉱山

明治時代の探鉱

四 椴法華硫黄鉱山

明治・昭和時代の採掘

五 谷村鉄山

日本第三位の採鉱量

第三章 商工業

第一節 江戸時代より大正時代まで

一 江戸・明治時代の商工業

商店のはじまり

明治初期の商業

明治初期の工業

水産物の販売

汽船の来航と行商人

明治四十年頃の商業状況

二 大正時代の商工業

大正時代の商業

大正時代の工業

商業組合

椴法華村信用購買販売利用組合

第二節 昭和時代

一 戦前の商工業

昭和初期の商業

公益質屋の開設

椴法華村信用購売組合

昭和十三年以後の商工業(戦時下の商工業)

二 戦後の商業組合

椴法華商業組合親睦会

椴法華商工会の設立

昭和五十一年度の商工会

昭和五十六年度の商工会

椴法華商工会青年部

椴法華商工会婦人部

三 商工業の現況

昭和五十四年の商工業

第六編 交通・通信・灯台

第一章 陸上交通

第一節 江戸時代の道

一 前松前藩時代の道

蝦夷地の主要道路

箱館より木直までの道

二 前幕領時代の道と駅逓

陸路の充実

近村への道

駅逓制度のはじまり

人馬賃銭と駅馬

松前より宗谷まで人馬継立

椴法華の駅逓制度

三 後松前藩時代の道

交通の退化

椴法華近辺の道

四 後幕領時代の陸路と駅逓

主要道路の開削

椴法華・尻岸内間の通行

駅逓制度の充実

人馬賃銭について

椴法華近村と通信の充実

第二節 明治・大正時代の道路

一 北海道の道路

開拓使の道路建設

東本願寺の道路建設

二 椴法華より近村への道

椴法華・尻岸内の道

椴法華・尾札部の道

明治時代末の下海岸交通

三 下海岸道路の改良

湯川・戸井間改良工事

湯川・戸井間乗合自動車

戸井・椴法華間道路

準地方費道函館椴法華線

第三節 昭和時代の交通状況

一 道路の開通と自動車の運行

古武井・椴法華間の開通

湯川・椴法華間のバス運行

湯川・椴法華同乗記

貨物自動車の運行

戦時下バス会社の統合

二 幻の戸井線

戸井線建設の陳情

戸井線の着工と延長の願い

戸井線建設の変更と中止

三 戦後の陸上交通

戦後の村内道路状況

昭和四十年以降の道路状況

椴法華・尾札部間道路の開削

椴法華・古部間海岸道路の建設

銚子トンネルの建設

戦後の陸上輸送状況

函館バスと相互バス

昭和六十三年のバス運行

第二章 海上交通

第一節 前松前藩時代

一 本州と蝦夷地の海運

北前船の航行

繩とじ船・丸木船の海峡横断

二 蝦夷地の海運

繩とじ船

一七〇〇年代の椴法華近海の海運

第二節 前幕領時代

一 本州と蝦夷地の海運

木造官船の増強

小船による海峡横断

椴法華と舟渡

第三節 後松前藩時代

一 蝦夷地の海運

箱館港の衰え

椴法華と搔送り

第四節 後幕領時代

一 箱館開港と海運

箱館の繁栄

国内航路と箱館

椴法華と本州直送海運

椴法華と近村の海運

第五節 明治時代

一 北海道の海運

本州・北海道間の海運

航路の安全対策

明治二十年以後の海運

明治四十年ころの海運

二 椴法華近海の海運

旅客の輸送

貨物の輸送

椴法華の貨物輸送

明治十九年貨物輸送費

明治二十年代の海運

明治三十年代の海運

明治三十七年航路仕訳書

恵山汽船共同組合

椴法華村の艀船業

第六節 大正時代

一 下海岸・陰海岸の回漕業

大正三年の海運広告(椴法華来航の船)

渡島汽船と〓工藤海運部

二 椴法華村の回漕業

椴法華回漕株式会社

第七節 昭和時代

一 下海岸道路完成前の海運

椴法華回漕店

共同回漕店

〓中村の回漕事業

海路による修学旅行

二 下海岸道路の完成と海運

下海岸航路の衰退

三 戦後の海運

函館・臼尻間命令航路

昭和二十四年の船賃

第三章 港湾

第一節 江戸時代から現在まで

一 江戸時代の椴法華港

前松前藩時代

前幕領時代以後

二 明治以後の椴法華港

明治・大正時代

椴法華港着工とその後

戦後の椴法華港

三 椴法華避難港の建設

避難港建設の背景

第一次五ヵ年計画

第二次五ヵ年計画

第一次港湾整備五ヵ年計画

第二次港湾整備五ヵ年計画

第三次港湾整備五ヵ年計画

第四次港湾整備五ヵ年計画

第四章 通信

第一節 郵便・電話

一 郵便制度

郵便制度のはじまり

北海道の郵便制度

郵便取扱所の開設

下海岸に於ける郵便制度の実施

主な郵便役所(郵便局)の開設

二 椴法華郵便局の歩み

郵便局開設の準備

椴法華郵便局開設の頃

逓送方法の変遷

三 電話

電話の歩み

椴法華村の電話開通

椴法華村一般電話の設置

四 古部との連絡

古部との郵便・電信・電話

五 椴法華郵便局の沿革

〔椴法華郵便局の沿革〕

六 通信統計

郵便物数

電話統計

第五章 灯台

第一節 恵山岬灯台沿革史

〔恵山岬灯台沿革史〕

第七編 教育

第一章 学校教育

第一節 椴法華小学校の歩み

一 戦前の教育

小学校創立の背景

村落小学教則と変則小学教則

椴法華学校設立の準備

椴法華学校設立願い

設立時の椴法華学校

椴法華学校開業式祝詞

椴法華学校創立記念日

函館県小学校教則

椴法華簡易小学校と椴法華尋常小学校

小学校令の改正と椴法華尋常小学校

椴法華尋常小学校

国民学校令と椴法華国民学校

二 戦後の教育

新日本の教育方針

教育制度の改革

元村旧日本軍施設の払い下げ願い

六・三制の実施と椴法華小学校

椴法華小学校の窮状

三 椴法華小学校の思い出

椴法華尋常小学校の頃の思い出

椴法華国民学校の終戦

四 椴法華小学校沿革史

〔椴法華小学校沿革史〕

五 新校舎と百周年記念

椴法華小学校新校舎建設の歩み

遂に完成した教育の殿堂

母校の百周年を祝う

第二節 椴法華中学校の歩み

一 戦後教育制度の変遷

アメリカ的教育

教育課程の歩み

昭和二十二年の学習指導要領

昭和二十六年における全面改訂

昭和三十三年における全面改訂

昭和四十三年における全面改訂

昭和五十二年における全面改訂

二 椴法華中学校沿革史

〔椴法華中学校沿革史〕

椴法華中学校の思い出

三 新校舎

〔新校舎〕

第八編 観光

第一章 景勝地

第一節 恵山とその周辺

一 恵山

恵山

恵山の噴火

御殿

恵山権現

御殿と恵山権現堂の旧記

恵山賽の河原

高田屋嘉兵衛建立海上安全碑

二 恵山岬

〔恵山岬〕

えぞの手ぶり

英人ブロウトンの日誌(要約)

蝦夷国私記

水無浜から磯谷村まで

第二節 銚子方面

カムイ岩

銚子の澗大セイウチ捕獲

第二章 温泉

第一節 恵山温泉

恵山温泉のはじまり

明治・大正期の恵山温泉

大正七年の恵山温泉

バスの開通と恵山の宣伝

昭和八年の恵山温泉

戦後の恵山温泉

野天風呂となった恵山温泉

恵山温泉の湧出状況

第二節 水無温泉

昔日の水無温泉

バス開通と水無温泉

昭和四十一年頃の水無温泉

第三節 村おこし

日持伝説と日持聖人祭

どうだんつつじ祭り

サマーフェスティバル・イン・トドホッケ

第九編 宗教

第一章 仏教

第一節 寺院

〔寺院〕

大龍寺

光圓寺

法龍寺

妙顕寺

第二章 神道

第一節 神社

恵山八幡宮(椴法華八幡神社)

現在の椴法華八幡神社

恵山大権現

昔日の稲荷神社

現在の稲荷神社

弁天様

三吉神社

第十編 社会・厚生

第一章 社会福祉

第一節 福祉制度

一 社会福祉のはじまり

明治時代の窮民救済

大正時代の社会事業

二 昭和時代の社会福祉

方面委員の設置

民生委員制度の発足

生活保護法

椴法華村の生活保護

児童福祉

身体障害者福祉

老人福祉

椴法華村の老人福祉

椴法華村の基本施策

第二節 社会福祉施設と団体

一 椴法華村の社会福祉施設

村立椴法華保育所

村立のばら保育園の設立

二 椴法華村の福祉団体

椴法華身体障害者福祉協会

椴法華村老友会

椴法華母子会

椴法華村戦没者遺族会

第三節 社会保障と年金

一 戦後の歩み

戦後の社会保障

二 年金制度

年金制度の歩み

国民健康保険

第二章 保健衛生

第一節 江戸・明治・大正時代の保健

一 江戸時代の伝染病

蝦夷地の病気

二 明治時代の保健衛生

伝染病からの避難

明治初期の医療

明治三十一年以後の医療

明治時代の伝染病

三 大正時代の保健衛生

大正時代の医療

スペイン風の大流行

椴法華病院の焼失

天然痘と隔離病舎

第二節 昭和時代の保健・衛生

一 戦前の医療実態

昭和初期の医療

戦時下の医療行政

戦時下椴法華村の医療

二 戦後の保健衛生

保健衛生機構の組織化

終戦後の椴法華

昭和三十七年前後の保健実態

環境衛生の見なおし

昭和四十年の赤痢

昭和四十五年の集団赤痢

ゴミ処理と清掃の日

恵山地区衛生センターの開設

第三章 水道

第一節 水道の歩み

一 木管簡易水道

木管水道の歩み

第二節 戦後の上水道

一 上水道の新設

木管水道より上水道へ

南部地域上水道の災害と改良

昭和五十九年簡易水道の現況

第十一編 公安

第一章 警察

第一節 明治・大正時代の警察

一 明治時代前半

函館警察署の誕生

函館県時代の警察

亀田分署の設置と椴法華村

尻岸内分署の開設と椴法華村

二 明治時代後半

道庁の設置と警察制度

戸井附属分署の開設

椴法華村巡査駐在所(派出)

十九支庁の設置と警察署

常駐の椴法華巡査駐在所

三 大正時代の警察

警察組織の改革

椴法華駐在所統計

第二節 昭和時代の警察

一 戦前の警察

昭和初期の警察

戦時下の警察制度

椴法華村巡査駐在所

昭和十五年駐在所の移転

戦時下の出来事

二 戦後の警察

国家地方警察の発足

北海道警察の発足

駐在所の新設

名称の変更

戦後の出来事

交通安全の努力

第二章 消防

第一節 江戸時代より昭和二十年まで

一 江戸時代の消防活動

恵山硫黄の自然発火

二 明治時代の消防

野火の取締り

明治十二年椴法華村の火災

三県時代の消防

消防組のはじめ

三 大正時代の消防

大正十二年島泊の大火

防火への関心

四 昭和時代の消防組と警防団

火防宣伝

消防組の充実

警防団の結成

椴法華警防団

〓日記と警防記事

防空監視哨

第二節 戦後の消防

一 椴法華消防団

椴法華消防団の新発足

下海岸消防の相互応援

消防団と海上保安部の協定

二 椴法華消防分団

渡島東部消防事務組合の設立

椴法華消防分団の歩み

第三章 海上保安部椴法華分室

第一節 椴法華分室の歩み

一 分室開設の前後

椴法華分室開設の背景

椴法華分室の開設

函館海上保安部椴法華分室の歩み

椴法華分室の思い出

椴法華分室の閉所

第十二編 災害

第一章 山津波と土砂流出

第一節 江戸時代から大正時代まで

一 江戸時代の山津波

山津波の原因

弘化三年の大山津波

二 明治、大正時代の山津波

明治三十一年の山津波

古武井の山岳崩壊

明治四十二年の山津波

大正七年の山津波

第二節 昭和の山津波

一 戦前の山津波

昭和十二年の山津波

昭和二十年の山津波

二 戦後の山津波と土砂流出

昭和三十三年の山津波

昭和三十七年の土砂流出

昭和四十年富浦の落石

昭和四十年堰堤の埋没

昭和四十一年元村の落石

昭和四十一年堰堤の埋没

昭和四十二年元村の落石

昭和四十三年元村の崖崩れ

昭和四十七年の集中豪雨

昭和五十四年の土砂崩れ

昭和五十九年の土砂崩れ

第二章 噴火・津波・その他

第一節 江戸時代から明治時代まで

一 江戸時代の津波と噴火

慶長十六年の津波

寛永十七年の駒ヶ岳噴火

明和元年恵山噴火か

弘化二年恵山の硫黄自然発火

安政三年の津波

安政三年駒ヶ岳噴火

二 明治、大正時代の噴火

明治七年の惠山噴火

明治二十一年の駒ヶ岳噴火

横津岳の鳴動

明治三十八年の駒ヶ岳噴火

大正八年の駒ヶ岳噴火

第二節 昭和時代の噴火・地震

一 戦前の噴火と津波

昭和四年の駒ヶ岳大噴火

昭和八年の津波

二 戦後の地震・津波・その他

昭和二十六年の襟裳沖地震

昭和二十七年の十勝沖地震

昭和三十五年のチリ地震

恵山の硫黄自然発火

昭和四十三年の十勝沖地震

第三章 海難事故

第一節 江戸時代の海難事故

一 江戸時代の海難

〔江戸時代の海難〕

南部船の漂流

多賀丸の漂流

蝦夷人の大畑漂着

牛滝村慶祥丸の難船

隼丸の破船

高田屋貞宝丸の破船

帰徳丸の破船

鱈釣船の尻労漂着

根田内鱈釣船の漂着

養寿丸の破船

大平丸の遭難

明徳丸の恵山沖破船

開運丸二ツ岩の破船

愛宿丸の椴法華沖破船

栄徳丸の椴法華破船

第二節 明治以後の海難事故

一 明治時代の海難

東京丸の女那川沖座礁

筒替船・持府船の流失

天神丸の根田内破船

カジカ岩元一丸の破船

明治八年椴法華近海の難破船

日本形船の破船

木直漁船の沈没

旭日丸の救助

松栄丸の元椴法華沈没

川崎船の転覆

久榮丸の遭難

川崎船の遭難

寅福丸の六十八日間漂流

銚子岬玄徳丸の難破

汽船飛龍丸の沈没

明治十九年鱈釣船の漂流

青森県亀甲丸の救助

古武井漁師の遭難

古部漁民行方不明

永壽丸の椴法華乘り上げ

函館の小廻船沈没

明治二十三年烏賊漁船の大遭難

帆走船順速丸の破船

金羅丸の破船

根田内出港川崎船の破船

帆船富内丸の破船

鱈釣船尾札部沖の遭難

帆船幸甚丸の座礁

鰤釣船の救助

外国郵船の恵山岬座礁

松前丸恵山沖の失火

定期船長門丸の漂流

札幌丸と近江丸の衝突

茅部郡鱈釣り船の行方不明

静隆丸の沈没

大海難陸奥丸と秀吉丸の衝突

『東奥日報』より陸奥丸沈没の状況

八千代丸と共栄丸の衝突

帝浄丸の破船

根田内漁船の救助

小廻船喜福丸の遭難

汽船貫効丸の行方不明

青森県六ヵ所村の大海難

二 大正時代の海難

鱈釣船の汐首沖転覆

椴法華村サガ釣船の遭難

曳船式烏賊釣船の沈没

曳船式烏賊釣船の漂流

第八多聞丸の遭難

初穂丸の遭難

玄海丸の遭難

永田丸の座礁

青室連絡船玄海丸の漂流

小廻船の戸井沖救助

恵山沖の船火事

英国船ラフォルド号の沈没

椴法華出港観音丸の難破

土海丸の難船

木直漁船の遭難

東福丸の漁船救助

川汲鱈釣船の遭難

軍艦笠置の女那川座州

汽船神光丸の座礁

原田丸と川崎船の衝突

五十浦丸と川崎船の衝突

烏賊釣磯船の遭難

第六大運丸の座礁

帆船二見丸の座礁、沈沒

発動機付帆船宮古丸の漂流

銚子沖の磯船転覆事件

第二喜多丸の救助

目抜鯛釣船の行方不明

第三大亀丸と川崎船の衝突

汽船弥彦丸の座礁

雲海丸の座礁

新栄丸の座礁

三四福丸の沈没

天佑丸と留萌丸の衝突

大正十年鱈釣船の遭難

中福丸の沈没

茅部丸の遭難

惠山沖川崎船六隻の遭難

汽船最祥丸の破船

第二礦運丸の沈没

汐首沖の漁船遭難

古部出港川崎船の遭難

恵山沖新川丸の漂流

清栄丸の遭難

古部沖の磯船遭難

川崎船の当て逃げ

惠山沖漂流の烏賊釣船

帆船東新丸の転覆

鱈釣大栄丸の遭難

三 昭和時代の海難(戦前)

八幡丸の沈没

恵山沖興安丸の遭難

第十八多聞丸の恵山岬座礁

龍神丸の遭難

恵山沖小船丸の漂流

貨物船東海丸の沈没

恵山沖鶴丸の救助

七重丸の沈没

恵山沖第一能州丸の遭難

恵山沖大住丸の救助

恵山沖三峰丸の座礁

恵山沖徳丸の遭難

恵山沖大安丸の漂流

椴法華沖漁船落雷

椴法華村春日丸の漂流

椴法華沖冷蔵船の救助

小市発動機船の救助

四 昭和時代の海難(戦後)

小木丸の遭難

第五共栄丸の行方不明

〓日記の遭難記録

昭和二十三年、二十四年の遭難船

恵山岬幸丸の沈没

恵山沖勝隆丸の漂流

女那川河口係留船の沈没

開運丸の沈没

恵山沖共成丸の大破

恵山沖漁神丸の行方不明

祐宝丸の沈没

奥宝丸の沈没

第二事宝丸と栄福丸の無事

銚子岬第八昭安丸の沈没

第一幸福丸の海難

大運丸の衝突

第五有機丸の海難

第二栄雲丸の海難

第三興洋丸の海難

富山県船籍船の海難

金比羅丸の海難

福徳丸の沈没

恵山沖第一末広丸の沈没

松栄丸の沈没

第二豊進丸の転覆

昭和二十六・七年恵山沖の遭難船

古武井海岸係留船の大破

椴法華港係留興福丸の小破

恵山沖運勢丸の遭難

第三有功丸と第十二吉粧丸の遭難

烏賊釣船の衝突

第五有機丸の船火事

恵山沖鱒釣船の転覆

烏賊船と機帆船の衝突

発動機船の元村座礁

第二北友丸の座礁

安光丸の漂流

烏賊釣船の衝突

第二香取丸の沈没

第一万栄丸の沈没

白鳥丸の船火事

長栄丸と鷹取丸の衝突

石炭運搬船拓洋丸の漂流

戸井沖の海難

独航船と母船の衝突

朝日丸の水無座礁

栄光丸と弘進丸の転覆

第四章 外国船の出現

第一節 鎖国中の外国船の出没

一 蝦夷地来航の目的

外国船来航の概観

ロシアの北辺進出

二 前松前、前幕領時代

ラックスマンの来航

ブロウトンの来航

ブロウトンの再来航

レザノフの来朝

ロシアの襲来

矢尻浜沖のあやしき船

文化四年箱館沖の出没

高田屋とゴローニン

三 後松前藩時代

英・米船の来航

ウラヤコタンへの襲来

異国船内浦湾に出現

ヲビルネップ砲撃事件

日吉丸砲撃事件

天保三年異国人椴法華に上陸

年表

[年表]

特別職・村議会議員

[特別職・村議会議員]

椴法華音頭

[椴法華音頭]

あとがき

[あとがき]