みなと 記憶の風景ランドスケープ

~区民のインタビュー映像~

白金台周辺

金子 芳夫さん

  • 風景 白金台

    昭和42年(1967年)12月9日、廃止が決定した都電の最終列車の中に金子さんはいました。区内の人々の交通を支えた都電の活躍と廃止、目黒通りの拡幅、バブル期の発展と変化。白金台の歴史と歩みが、金子さんのご記憶と、今も日吉坂上の歩道橋、白金1丁目の歩道橋の定点写真をはじめとする、所蔵されている数々の貴重な写真、記念の品々を通じて鮮やかに蘇ります。

  • ■金子 芳夫さんのプロフィール

    昭和25年(1950)金子芳夫さん誕生

    昭和31年(1956)港区立白金小学校に入学

    昭和37年(1962)攻玉社中学校に入学

    昭和40年(1965)攻玉社高等学校に入学

    昭和43年(1968)明治学院大学に入学

    昭和48年(1973)大学卒業後、家業の金子金物店を継ぐ

    平成27年(2015)白金地区防災協議会 会長に就任

    平成28年(2016)高輪今昔物語 リーダーを務める

    平成31年(2019)港区観光大使に認定される

    ■白金台:インタビューメニュー

    記憶の中の一番古い風景(1:25)→ゆかしの杜の風景(2:52)→都電の風景(4:25)

    →生家の風景(7:40)→三田用水の風景(9:43)→仕事の風景(13:00)→都市開発の風景(14:15)

    →金子金物店の風景(18:08)→町会と商店会の風景(22:55)→これからの白金台の風景(24:40)

    ■撮影コース

    目黒通り(0:15)→港区立郷土歴史館・ゆかしの杜(02:52)→三田用水跡(09:43)→白金台4丁目児童遊園(21:30)

■かつての白金台の風景■

■白金台の歴史をもっと知るためのキーワード■