みなと 記憶の風景ランドスケープ

~区民のインタビュー映像~

赤坂周辺

塚本 悦吉さん

  • 風景 赤坂

    昭和20年(1945年)、東京大空襲。赤坂の町を夜中じゅう逃げまどった中学生の塚本さん。あくる朝見たのは、遠く新橋駅まで続く焼け野原でした。昭和11年(1936年)の二・二六事件のご記憶、昭和20年5月の空襲、戦後の苦しい生活と復興、オリンピックと青山通りのことなど、たくさんの思い出をうかがいました。

  • ■塚本 悦吉さんのプロフィール

    昭和  6年(1931)塚本悦吉さん誕生

    昭和12年(1937)東京市赤坂尋常小学校に入学

    昭和18年(1943)東洋中学校に入学

    昭和24年(1949)早稲田大学に入学

    昭和28年(1953)ライオン油脂株式会社に入社

    平成 元年(1989)ライオンパッケージング株式会社(子会社)社長として出向。本社役員

    平成15年(2003)赤坂新三町会 会長に就任(平成27年退任)

    平成18年(2006)赤坂青山町会連合会 会計に就任、以後役職を歴任し現在に至る

    ■赤坂:インタビューメニュー

    生い立ちの風景(1:05)→二・二六事件の風景(3:50)→国道246号線周辺の風景(7:12)

    →赤坂氷川祭の風景(7:58)→赤坂小学校の風景(8:43)→戦争の風景(11:36)

    →空襲の風景(14:25)→終戦の風景(17:14)→戦後の風景(18:37)→都電の風景(19:42)

    →一ツ木通の風景(21:42)→赤坂駅周辺の風景(22:37)→仕事の風景(24:15)

    →赤坂復興の風景(25:18)→赤坂の好きな風景(26:04)

    ■撮影コース

    青山通り(00:00)→薬研坂(02:54)→高橋是清翁記念公園(03:41)→国際医療福祉大学東京赤坂キャンパス(赤坂小学校跡地)(07:52)→一ツ木通り(21:40)

■かつての赤坂の風景■


■赤坂の歴史をもっと知るためのキーワード■